分割したシート構造を成立させるには
-「TBlocks」が実現した新構造
国際的に様々な製品において環境対応が求められる中、自動車用シートにも「使うとき」だけでなく、「使い終わった後」まで見据えた価値づくりが求められています。
そうした中でトヨタ紡織が取り組んでいるのが、シートをブロック単位で構成した、多機能ブロックシート「TBlocks(ティーブロックス)」です。
TBlocksは、解体のしやすさやそれによるリサイクルしやすさ、乗り心地の向上に加え、将来的にはブロック単位で仕様変更しやすくなる可能性もあります。
一方で、従来とは大きく異なる構造を成立させるためには、安全性や見栄え品質、不具合の未然防止、生産現場との調整など、数多くの課題を乗り越える必要がありました。
今回は、TBlocksの開発に携わった担当者に、開発背景や挑戦、そして今後の展望を伺いました。
今回お話を伺ったメンバー
第4シート設計部 伊豫田 正彦さん
TBlocksシート全体統括を担当。
これまで複数車種のフルモデルチェンジのシートASSY設計に携わる。
第4シート設計部 夏目 博章さん
TBlocksシートのバック部分を担当。
これまで複数車種の後席シートなどに携わる。
第4シート設計部 大嶋 一輝さん
TBlocksシートのクッションパッドおよび、不具合の未然防止活動を担当。
入社後、他車種の後席シート開発を担当後、TBlocksの開発に携わる。
第4シート設計部 高橋 貫人さん
TBlocksシートのクッション基材樹脂とバックを担当。
入社後、部品管理やカーボンニュートラル業務を担当し、その後、初の設計業務としてTBlocksに携わる。
環境対応を起点に、シート構造そのものを見直す
TBlocksの開発は、どのような背景や課題から始まったのでしょうか。
伊豫田:
大きなきっかけは、シートにおいても環境対応を前提とした構造に見直す必要性が出てきたことです。
ヨーロッパでも再生プラスチック材料の活用が求められる動きがあり、世界的に同様の法規制の動きが広がっていく可能性があると考えていました。
それらに我々も対応していく必要がありました。
環境対応を踏まえたシート構造として、従来のシートとどのような違いがあったのでしょうか。
伊豫田:
TBlocksが環境面で有効と考えている理由は、大きく二つあります。
一つは、解体しやすいことです。従来のシートは複数材料の組み合わせで構成されており、分解やリサイクルが難しいという課題がありました。
TBlocksはその構造ゆえ、解体時間が短くなるため、リサイクル時の手間を減らすことにつながります。
もう一つは、ウレタン(クッション材として用いられる発泡材料)の使用量を減らしていることです。ウレタンはリサイクルしにくいため、部分的にリサイクルしやすい樹脂に置き換えています。
そのため、シートの構造自体も見直しています。
シートを背面・座面・側面に分け、ブロック単位で構成し、荷重を基材樹脂で支える構造へと見直しています。
伊豫田:
また、「組みやすさ」という点も重要と考えていました。労働人口の減少を見据え、作業者の身体的負担を軽減し、より組み付けやすい製品を目指していました。
これまで大きな力を必要としていた工程についても、少ない力で組み付けられるようにしたいという狙いがありました。
大嶋:
シート構造そのものから新たに開発している点も特徴の一つです。
高橋:
従来の構造が参考にならないことも多く、イチから考えることが多いプロジェクトでした。
正解のない新構造に挑む
TBlocksのような新構造を成立させるうえで、特に大きな壁となったのはどのような点でしたか。
伊豫田:
まずはエアバッグとの関係性が課題となりました。
サイドエアバッグはシートのドア側に搭載されていますが、エアバッグが展開する際の力によって、シート内部の基材樹脂が飛散する可能性があり、試験において評価を満たすことがなかなかできませんでした。
大嶋:
全く新しい構造だとしても、もちろんシートとして求められる要求性能はすべて満たさなければなりません。
エアバッグは前方へ出るだけでなく横にも展開します。
低温状態では樹脂が割れやすく、評価では破損してしまっていました。
伊豫田:
様々な人に相談し、材料選定と形状検討をしました。
まず材料を割れにくいものへ変更、さらに、エアバッグが前方へ開く際の挙動を考慮して力が逃げるように構造を工夫しています。
安全性に関わる課題に加えて、見栄え品質の面ではどのような工夫が必要でしたか。
夏目:
シートバックの見栄えは大きな課題でした。
縫い線を見えないようにしてほしいという要望に対し、どう対応するか苦労しました。
高橋:
少しでもブロックがズレていると、乗員から縫い線が見えてしまい、印象に影響します。
お客様から見て美しく感じられる品質にする必要がありました。
夏目:
TBlocksの搭載に伴って求められる品質要件を満たすため、新しいカバー構造を立案し、製造側とも協議を重ねながら検討を進めました。
伊豫田:
エアバッグの課題が一段落すると、次の課題が出てくるという状況でした。
そのたびにメンバーで対策を検討し、ひとつひとつ解決していきました。
ブロック構造ゆえに「乗り心地」に対する懸念もあると思ったのですが、いかがでしょうか?
高橋:
社内の検証設備で、乗り心地の検証もしっかりと行っています。
夏目:
耐久評価なども含め実施しています。従来と同等以上の試験を行い、従来と同等以上の性能を出しています。
乗り心地性能の向上につながっている。
新構造の実現を支えた、リスクの先回りと現地現物
ブロック構造にしたことで、新たにどのような不具合リスクや懸念が生まれたのでしょうか。
大嶋:
表皮でつながっていた部分が分割されたことで、指が入ってしまう可能性がありました。
そのままだと内部のフレームに触れてしまい、けがにつながるリスクも考えられます。
そこで対策として、バック部分については内側にカーペットを貼っています。 これにより、内側のフレームが見えたり、直接触れたりすることを防ぐようにしています。
一方で、座面クッション部分は樹脂で構成されており、樹脂同士の隙間については子どもの指でも入らないような寸法関係としています。
高橋:
ブロック構造になったことで、部品単体として求められる要件と、シートASSYとしての要件の両方を満たす必要がありました。
いくつものリスクに対して、どのように未然防止や評価を進めていったのでしょうか。
大嶋:
新規アイテムを開発する際には、不具合の未然防止活動を実施しています。
これは既存のシートから新規開発するシートにおける変化点に着目し、それが既存のシートだと満たしていた機能に不具合をもたらす可能性があるかを事前に検証する取り組みです。
今回は構造そのものが大きく変わっているため、通常よりも多くの工数をかけました⋯。
高橋:
企画段階では、十分なデータがそろっていない状態で進める場面もありました。
ブロックに分割したことで何が起きるのかを仮説ベースで考え、それを繰り返し見直しながら検討を進めていきました。
正解がない中で、生産現場や関係部署とはどのように連携していったのでしょうか。
伊豫田:
部門横断での議論は多かったです。
設計部署だけでなく、実験・製造・生産技術や原価企画の部署まで含めて全員で何がベストかを考えました。
夏目:
製造・品質管理とどうしたらより良い製品になるかの議論と現地現物での評価を何度も行ったことは、今では良い思い出です。
高橋:
現地現物でPDCAをどんどん回しました。
TBlocksの生産はトヨタ紡織九州に担っていただいています。
WEB会議でPLANを立て、猿投工場で試作品を作成(DO)し、トヨタ紡織九州で製造や品質管理の担当者とCHECKを行い、次のACTIONを決めていました。
場所が九州なので距離的には遠いのですが、現地現物での確認を重視していました。
検討したらすぐ現場の人たちに見てもらい、その場で見て課題を出し、また対策したものを持っていく、そういったことを、とにかく泥臭く繰り返していました。
新規構造なので、正解が分からない中でしたが、みんなで意見を出し合っていました。
製造側も「絶対にこうでなければ駄目」という進め方ではなく、何が一番良いやり方なのかを一緒に考えてくださり、感謝しています。
構造から価値を生み出す技術へ
今回の開発を通じて、技術面だけでなく、考え方や仕事の進め方にはどのような変化がありましたか。
伊豫田:
大きいのは、「構造から価値を生み出す」という考え方です。
単なる機能の追加ではなく、構造そのものを変えることで複数の価値を同時に成立させるというアプローチは、今後の基盤になると考えています。
夏目:
新製品・新構造に対して、起こり得る不具合を広く想定する考え方が身につきました。
新たな製品の場合に、どう最悪のケースまで想定し、不具合を未然に防ぐことを意識して設計を進めるようになりました。
大嶋:
自分でやらねばという当事者意識は、開発を通じて身に付いたと感じています。
メンバーの負荷が高い期間が続いたこともありました。
そういった中で、自分の問題は自分で解決に向けて動こう、という意識が生まれたと思います。
高橋:
私は設計業務が初めてだったので、設計のやり方を学ぶことができたとともに、問題解決能力がついたと思います。
新しいことばかりで悩むことも多かったですが、現状とあるべき姿を比較し、常にギャップを捉えて解析していく。設計者として成長できたと感じています。
また、先手先手で動くこともできるようになってきました。
上司や先輩に相談はしますが、まず自分で計画を立てることができるようになっています。「どうやって計画を立てましょうか」というところから相談していた部分を、「この計画でどうでしょうか」と報告する形に変化させています。
伊豫田:
私は全体を管理する立場で仕事をしていましたが、大嶋さんや高橋さんなど若手メンバーの成長を感じるタイミングは多かったです。
報告の場や、資料のクオリティを見ると、数カ月前にはできなかったことができるようになっていると感じました。
とても頼もしいと思っています。
今後、TBlocksをどのように発展させていきたいと考えていますか。
伊豫田:
さらに深化させていきたいと考えています。
コストや生産性の向上を図りながら、より実用性の高い形にしていきたいです。
高橋:
コストや生産性の向上によって、競争力のある製品につなげていきたいと考えています。
大嶋:
別の設計部署や若手でも携わりやすいよう、部品の最適化とコスト低減を進めたいです。
今回のTBlocksの基材樹脂部品は、従来のシートにはなかった部品です。
そのため、他の部署に「このプロジェクトはTBlocks構造で」と言っても、簡単には作れないのではないかという懸念があります。
その解決のため、部品のバリエーションを揃えていく必要があり、最終的に、揃っている部品の中から「今回はこの部品を使おう」と引っ張ってきて設計できるようにしたいです。
高橋:
現時点では設計手順が確立されていない部分もあるため、今後は手順書やチェックシートのような形で知見を整理していく必要があると考えています。
また、経験則に頼らず知見の蓄積も必要だと感じています。
最後に、このシートに触れる方々に、どのような価値を感じてほしいですか。
大嶋:
シートを分割するという考え方自体は特別なものではありませんが、それを安全性や品質、乗り心地を高いレベルで両立しながら製品として成立させている点にこそ価値があると感じています。
ぜひそれを感じていただきたいと思います。
伊豫田:
TBlocksは単なる新しいシートではなく、シートの構造そのものを見直した技術です。
その結果として、乗り心地・環境性能・カスタマイズ性といった複数の価値が同時に成立しています。
この「構造から価値を生み出す」という考え方は、今後のモビリティにおいて重要な要素の一つになる可能性があると考えています。
環境対応を起点に構造そのものを見直したTBlocks。その開発の裏側には、数々の課題に向き合い続けた現地現物の積み重ねがありました。構造から価値を生み出すという考え方は、今後のものづくりにも広がっていきます。