屋外でも「快適」を目指す挑戦
-スタジアムシート開発ストーリー
2026年4月に完成したパロマ瑞穂スタジアム(名古屋市瑞穂公園陸上競技場)のスタジアムシートの一部に、トヨタ紡織が開発したシート(観客用スペシャルシートと選手用シートの2種類)が採用されています。
このスタジアムシートは、トヨタ紡織が以前開発したスポーツシート「TBスポーツⅡ」をベースに、自動車用シートで培ってきた技術・知見を活かし開発しました。
設置される場所や使われ方に配慮した設計や工夫、
そしてトヨタ紡織が目指すインテリアスペースクリエイターに向けて培われた技術や考え方について、携わったメンバーにお話を伺いました。
- ※メインスタンド中央にある特別観覧エリアの観客用スペシャルシートのひじ掛け・シート下の台座部分は、アイリスオーヤマ株式会社様が担当されています。
今回お話を伺ったメンバー
プロダクト企画領域 犬飼 翔太さん
プロジェクト全体の推進を担当。
シート設計を経て、現在はプロダクト企画に携わる。
グローバルシート設計部 新美 和久さん
シート設計全般を担当。
リクライナーなどのシート機能品設計を経て、現在はシートASSY設計に携わる。
快適性能実験部 田中 健路さん
シートヒーターの性能保証を担当。
ワイヤーハーネス等の電子設計を経て、現在は電子部品の実験分野に携わる。
快適性能実験部 田中 勇弥さん
座り心地性能の評価を担当。
安全性能のCAEを経て、現在は乗り心地の実験分野に携わる。
材料技術開発部 普山田 結花さん
材料開発・材料保証を担当。
材料分析等を経て、現在は自動車・非自動車領域のプロジェクトに携わる。
スタジアムが求めるのは、自動車と違う「当たり前」
今回のスタジアムシートの取り組みは、どういうきっかけでしたか?
犬飼:
もともとパロマ瑞穂スタジアムのリニューアル工事に関わる企業の方からお声がけをいただき、今回のプロジェクトが始まりました。
トヨタ紡織が自動車向けのシートで培ってきた技術を新しい分野に応用できる良い取り組みになると考えていました。
みなさんにとって、普段の仕事の進め方と比べてどんな違いがありましたか?
普山田:
使用されるのが「屋外」というのは1つのポイントでした。自動車とは使用環境が大きく違ってくるだろうと考えていました。
新美:
雨が降ったりもしますし、車室内ではなく開けた屋外で使われる点は特に意識しました。
田中(勇):
座り心地の性能でいうと、姿勢が大きく違いました。
自動車では低い目線で前方を見るのに対して、スタジアムでは見下ろすような姿勢が多く、その姿勢で長時間座ることになります。
自動車用シートの着座姿勢に関する基本的な考え方はそのまま活かしつつ、新しい姿勢に合わせて性能を成立させる点は新しい試みでした。
観客用スペシャルシートと選手用シートの2種類がありますが、技術的な違いはあるのでしょうか?
新美:
2種類を作り分けるというより、選手・観客いずれが座っていただいても成立するよう、共通化を進めました。
実際、ヒーターあり/なしだけで、形はまったく同じとなっています。
選手がどう座るか、観客がどう座るか、それぞれ考えて、両立できるかを見極めながら形を作ってきました。
犬飼:
スポーツ観戦のスタジアムということもあるので、スポーツシートをベースにするのが良いのでは、という考えがありました。
新美:
ベースはトヨタ紡織が開発したスポーツシート「TBスポーツⅡ」です。
スポーツ系のシートをベースに選手席を作っている例は多く、今回の用途ともマッチすると思いました。
屋外でも「快適」を保証するために
屋外のスタジアムにシートが置かれることがこれまでの仕事との大きな違いだったとのことですが、どのように要件を決めていったのですか?
田中(健):
観客用スペシャルシートには、シートヒーターが搭載されているのですが、屋外で使う環境で、どの温度をベースとして、ヒーターの性能を決めていけばよいのか、というところが難しかったです。
外で観戦される場合に、ちょうどよい体感温度で過ごしていただけるよう、暑すぎず、寒すぎずの塩梅を探っていきました。
実際に開発メンバーがダウンジャケットを着て低温設定された恒温槽(温度条件を再現する試験設備)に入り、マイナス温度でのヒーター性能を体感しつつ、過去の気温なども考慮しベースの温度を決めました。
温度だけでなく、何時間座る想定なのか、ということも重要でした。
自動車用のシートヒーターの性能は、通常は温度の立ち上がりの早さなどを重視して考えますが、今回はスタジアムでの使用を想定し、座っている間の快適性を維持することを重視しました。
スポーツ観戦のように一定時間座り続けるシーン、立ち上がるシーンを想定し、お客さまに心地よく過ごしていただける条件を検討していきました。
お客さまに「この条件なら暖かい」と自信を持って伝えるため、自分たちで体感しながら条件を詰めていきました。
犬飼:
自動車に乗るときの服装と、スタジアムで屋外に座るときの服装は違いますし、放熱の仕方も全然違います。ヒーターが熱すぎてもよくないので試行錯誤しました。
田中(勇):
座り心地の面では、自動車用に作られた座面形状を、スタジアムでの座り方に合わせて最適化しています。
自動車用シートだと座面の前側が少し起きて角度がついているのですが、スタジアムシートでは座面をフラットにしています。それに応じてシート骨格なども変えたりしています。
極力、自動車用シートの部品を使いながら、どうしても必要なところは新しくする、という考え方でやっていました。
新美:
私は設計側として、田中(勇)さんに検討いただいた姿勢を実現するために、どのような形にするかという部分を担当しました。
例えば、スタジアムシートにはリクライニング機能を設けていないため、ヘッドレストを自動車用シートと同じ位置にすると、狙いとしている背筋を立てた着座姿勢には合いにくい場面がありました。そこで、スタジアム観戦に適した姿勢になるよう、ヘッドレストを後方に下げる設計にしました。
犬飼:
他にも、シートが置かれる場所の日当たりも見て、日が当たる時間の計算もしましたよね。
普山田:
日光や水に対してシートに使われている材料がどこまで持つかのデータが当初はほとんどありませんでした。どんな試験が必要かというのも実績が少なかったので、ステッチの糸一本のレベルまで試験・評価したのは大変でした。屋外でどんな環境にさらされるのかを調査し、試験を立案して再現試験を行い、保証できる状態にしていきました。
新美:
私が一番苦労したのは水への対応ですね。屋外で使われるケースというのが初めてで、雨がかかったりする中で、何をすればいいのかを考えるところから始まりました。
シートに何回も水をかけて、何が起こるかを観察しました。水がどのようにシートの中に取り込まれて何が起こるのかを見て、最終的にはシート座面に水が溜まらないように水を抜こう、ということで水が抜ける孔を設定しました。
その孔についても、見栄えを損なわず機能を果たす構造はどうするか、孔の大きさや形、位置も含めて、何度もやり直しては、水をかけて、の繰り返しでした。
実際にお客さまに座っていただいたときはどうでしたか?
新美:
何回か試作品をスタジアムに持ち込んで、姿勢や見え方が適切かを確認して調整しながら進めていましたが、真冬にシートヒーターの性能を体感していただくために、お客さまに試しに座っていただいたことがありました。
犬飼:
そのときにお客様から「暖かいね」「ここから離れたくなくなりますね」と言われたときは本当に嬉しかったです。
普山田:
メンバーみんなで顔を突き合わせながらの実験・作業、実際の現場での確認まで行えて良かったと思っています。
田中(健):
その日は1℃~2℃の環境で、想定に近い条件で見てもらえました。
その1日前の日が積雪で、寒かったのがちょうどよかった。
日程設定がベストでしたね(笑)
「トヨタ紡織らしさ」が宿る設計、そして今後の展望
「トヨタ紡織らしさ」を感じる工夫・こだわりはどこですか?
新美:
シートに水抜き孔を設定したのはトヨタ紡織らしいと思います。そこまで配慮している例は調べた限りでは多くないはずです。
犬飼:
水抜き孔に、もの落ち防止の機能を付けているのも使う人のことを考えていると思いました。
表皮にパンチング孔を開けて、水は通すけど、小物を落としても取り出すことができる構造になっています。
新美:
また、外からは見えませんが、シート下部に電源ボックスがあります。水抜き孔から入った水がそのボックス上に溜まることで不具合を起こさないよう、電源ボックスのふたを斜面形状にして排水し、さらに水の流れをシート後方へ誘導することで、お客様の足元側(シート前方)に回り込まないようにしています。
田中(健):
社外の方からも、そんなところまで気を配っているんですね、とおっしゃっていただけた部分がいくつかありましたよね。
スタジアムシートの取り組みでどういった学びがありましたか?
犬飼:
自動車用シートの開発で経験してきた知見が、違う分野に活かせる可能性があると感じたのが学びでした。
田中(健):
車室空間だけではなくて、家だったり外だったり、色々なところに我々の技術が広がると思いました。製品や技術を、外に置く/違う場所に置く場合はどうするべきか、をメンバーみんなが知見を持って考えていける力があると感じました。
田中(勇):
もともと乗り心地/座り心地には理論や、実験でまとめてきたノウハウがあって、それに基づいて考えてきましたが、それらが自動車以外にも役立つと再確認できました。自動車と違って試合観戦は座りっぱなしではなくて立つシーンもある。観戦中の人の動作は当初は予測しづらかったですが、実際応援に行ったことがある人から聞いたりして、どういう動作があるかを知ることができました。調査の仕方などの知見は次の機会にも活かせると思います。
新美:
長く設計の仕事をやっていると、染みついた考え方があるものですが、使用環境が違う、使う人が違う、というのを改めて考えて、それに合わせた設計・開発をする大切さを改めて感じました。また、他業界だと常識や考え方が違うと感じられたのも良い経験です。
今回の経験や技術は、今後異なる業界の人と関わる際にも活かせると思いました。
普山田:
今回は長く使うシートである、という前提でしたが、今後自動車業界でもレンタルなどが流行ってくると、短いスパンで取り替えるニーズもあり得るのではと感じました。
そうなると長持ちだけじゃなく、短期間でいいからコストを抑えた材料にするなど、そういう選び方も必要になるんだろう、とみなさんの話を聞きながら考えていました。
犬飼:
自動車以外の用途に適した材料もあると思うので、用途に応じた材料選択ができるようになるといいなと思いました。
新美:
今後、シートのパーソナライズ・カスタマイズなども求められてくると、そういったニーズも高まりそうですよね。
最後に、今後のスタジアムシートの展望を教えてください。
田中(健):
このままいろいろなスタジアムに広がったら嬉しいですね。
犬飼:
良い製品をつくることができたと思いますので、他のスタジアムや施設とかへ広がることが一番嬉しいです。
気候の関係もあり、これから秋冬のスポーツイベントが少しずつ増えてくるのではと感じていて、ヒーターのあるシートのニーズは広がっていくと思っています。
機会があったらぜひ座っていただくとともに、これをきっかけに、トヨタ紡織がこのような製品開発もやっていることを知っていただければと思います。
トヨタ紡織がスタジアムの環境と使う人のことを考え抜いて開発されたスタジアムシート。ぜひ座っていただきその技術や工夫を感じ取っていただけると嬉しいです。